自然栽培米の定義と歴史

自然栽培米の稲
こんにちは!自然栽培米専門店ナチュラルスタイルの井田敦之です。

自然栽培米とは、農薬や肥料を一切使用せずに育てたお米のことを言います。

もちろん「農薬」とは、除草剤を含む全ての薬剤を指し、一切使用しません。

「肥料」とは、化学肥料だけでなく有機肥料も全て含み、一切使用しません。

自然栽培は「田畑に持ち込まないこと」を原則としています。そのため、田畑に外から何かを入れることはしていません。

一年を通して農薬と肥料を一切使用しないという、非常にシンプルな原則で栽培しているお米です。

農薬と肥料を使用しないことで、田んぼに住む生物達の力、土の力、そして植物自体が持つ力を十分に発揮することを目指した農法です。

自然栽培の歴史の前に、まずは日本での肥料と農薬の歴史を見てみましょう。

肥料・農薬使用の歴史

肥料

日本のお米作りの歴史は、諸説ありますが、縄文後期以降より3000年以上と言われており、もともとは農薬や肥料を一切使用せずに栽培されてきました。いわゆる自然栽培でした。

肥料の歴史

奈良時代(700年代)以降、肥料の使用が始まります。

・奈良時代(700年代)-平安時代
草木を燃やして作る草木灰を肥料として使用しだしました。また、牛馬が貴族・寺院の所有物として増え出したことで厩肥(家畜糞)を肥料として利用しだしました。

・鎌倉時代(1200年代)-戦国時代
草木灰に加え、家畜を飼う文化が農民に広がり厩肥(家畜糞)の利用が一般的になりました。

・江戸時代(1600年代)
人糞尿(下肥)や魚粕・魚粉、さらに植物油粕が普及しました。

・明治時代(1880年代)
西洋から化学肥料が日本に入ってきて
第2次世界大戦後には、食糧増産のために化学肥料が広く普及する時代が始まりました。

農薬の歴史

明治時代に西洋から農薬が導入されたのが本格的な始まりです。

・江戸時代
江戸時代には、水田に鯨油を注ぎ、水面に油膜を作り、そこにウンカを叩き落して窒息させる害虫防除をしていたと江戸期の農書に記載されています。

・明治時代
鉱物性の石油であるマシン油(炭化水素被膜によって虫体を覆い窒息死させる)の利用開始。
その他、1897年(明治30年)には、ボルドー液(銅イオンの殺菌性を利用)
1907年(明治40年)から石灰硫黄合剤を果樹のカイガラムシ防除で使用開始。

※上記は、天然由来の農薬として、有機栽培で使用を認められています。

・大正時代(1920年代)
石油化学工業の発展により合成農薬が生産され
戦後の1945年以降は食料増産政策のもと、DDTやBHCなど強力な化学合成農薬が全国に普及しました。

参照:農薬のルーツと歴史,過去・現在・未来

自然栽培(無農薬・無肥料)の再普及

岡田茂吉氏と福岡正信氏

写真参照
岡田茂吉氏:Wikipedia「岡田茂吉」
福岡正信氏:Wikipedia「福岡正信」

日本において、農薬と肥料は戦後に爆発的に普及しました。

戦後に、農薬や肥料を使用した農作物が、人間の体に与える影響を懸念し、無農薬・無肥料栽培の重要性を訴えたのが「岡田茂吉氏」と「福岡正信氏」です。

岡田茂吉氏は戦後の1948年から1954年の間、特に精力的に無農薬・無肥料での作物栽培の普及活動を行い、多くの自然栽培農家さんの考え方の源流となっています。

福岡正信氏は同じ1940年代に自然農法の研究をされ、「一切無用論」を立て無農薬・無肥料を原則とした農法の普及活動をしました。「わら一本の革命」で有名となり、特に海外でその教えは広く支持されました。

戦後の食料増産の時代において、無農薬・無肥料栽培は収量が減少するため普及は困難でした。

また、農薬使用が常識とされた農村社会の中で無農薬を徹底するのは非常に困難でした。

しかし、一部の「食の質」を求める農家さんが、農薬も肥料も使用しない自然栽培を細々と続け、その流れを現代まで繋いできました

昨今では、ご自身と家族の健康維持に繋がる「食の質」への意識が高まったことから、無農薬・無肥料の自然栽培で作られた農産物が改めて注目されるようになったのです。

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